思い込みと思いやり

ナチュラルスピリット社から創刊された新しい雑誌「岩戸開き」

日木流奈くんの「今後の世界や生き方について」のお話がとても良かったので
一部を紹介しようと思います。
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人が世界を語るとき、それは人の営みを語るにほかならない。

私の語ることは、風のように聞き流し、そよ風のように感じてほしい。

冒頭からぐぐぐっと染みいって、心をつかまれる。

全部を紹介したいけれど、それはできないので、今後絶対に忘れずに心に留め置きたい、とおもったお話を。

思い込みと思いやりについて

事が起きている真っただ中にいる人々の思いを、憶測で自分勝手に思い込むことは傲慢なことだ。

(中略)

人の痛みの強さ、悲しみの深さは、本当にさまざまだ。
それを受け止めるには、思い込みではなく、思いやりが大切だ。
何度も言うが、人の気持ちをかってに想像した自分の思いを「思いやり」だと
勘違いするのだけはやってほしくない。

当事者ではない私たちができることは、ただ寄り添い、思いをはせ、受け止めるだけなのだ。
そして自分たちができることを試行錯誤するしかないのだ。

時として、やり過ぎたり、いらないこともしてしまうかもしれない。
それでも、やってみるしかないのだ。
何が必要で何が大切かを尋ね、思いを聞きながら。

流奈くんは、事が起きたとき、直接その事の中にいる「当事者」と
外から見ている「当事者ではない人」とでは学びの道が違っている。と言っている。

ほんとうにそうだと思う。

時として、優しさという名の下に、人の気持ちを勝手に
想像し、それをおもんばかっていると勘違いしてしまうことをしていないか、
よくよく自分を観察し、このことを戒める必要があると心に刻む。

それは、日常からその心がけが大切だ。

自分の思いをちゃんと伝えること。
そしてありのままに相手の話、思い(気持ち)を聞くこと。

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