田中一村さん考察


田中一村展~奄美の光 魂の絵画~を見てきました。

300点にも及ぶ大回顧展です。


わずか6~7歳で絵の才能を発揮し、神童と呼ばれるも幾たびもの苦難に見舞われ、金銭的にも苦労が続きます。
それでも表現することをやめず、あきらめず、納得いく絵を描くために挑戦し続けます。
光と影の描写がほんとうに素晴らしかったので、
田中一村さんはどのような人なんだろう、と、ひもといてみたくなりました。

算命学で考察してみました。

<田中一村考察>

宿命に納音をお持ちの方。
今回はこの納音の宿命を主に考察します。

納音というのは、真逆を自分の中に所有していることになります。

たとえば、

大胆さや豪放さの裏には小心さや繊細さがあり、
非常に冷静で理性的な眼と情熱の塊のような心を持ち
非常に明るく社交的な面と、ひとり閉じこもり他者を寄せ付けないような孤独
どこまでも優しく、どこまでも厳しい
表に出たい自分と隠れていたい自分
正義と悪

というように・・・

常に自分の内側で
まるで火と水がせめぎあっているかのような葛藤をかかえます。

光と影、そのバランスが難しい・・・

しかし、表現者としては、観たものの光の部分だけでなく、裏側に隠れて秘した部分をも同時に描くことができるので、そのものが持つ光や美しさなどがより鮮明に際立つことになります。
ものや人の外面的な部分だけでなく、本質にたどりつくことができ、内面性や隠れた部分、秘されたものがわかるので、それをを表現できるのです。
あるいは、裏と表、光と影を描かせたら、納音がない人よりももっと的確に繊細に表現ができる、とも言えるでしょう。

チョット話は脱線しますが、
スタンダールやヘルマンヘッセという作家をご存じでしょうか?
スタンダールには「赤と黒」という代表作がありますが、自分の出世のために軍人と僧侶という真逆の仕事をもったがゆえに破滅していくという話です。
ヘッセには「デミアン」や「荒野の狼」「知と愛」などの作品があり、どれも人間の二面性を描いています。
カミュの「異邦人」もそうですね。
みな納音の宿命の持ち主。
そういう世界を描かせたら納音のある人にかなわないのです。

また、パスツールやアインシュタイン、エジソンも納音の宿命なんです!!
それまでの社会(世の中)の間違いを正す、ひっくり返すことができるのです。
だれも思いつかないようなことができたり、考えられたり、描けたり、、、いわゆる、天才!になれる(可能性のある)人たちなんですね。

もしかしたら、今読んでくださっているあなた!にも納音があるかもしれませんよ。
活かしていますか?(宿命にあるものは活かさないとね^^)

一村の絵には、
自然の本質を捉えようとして、ひたすらに表現を追求している姿があり、
見つめる眼の鋭さ、冷静さ、緻密さ←水の質と、

まっすぐに自己を表現しようとしてほとばしる情熱←火の質が
わたしたちの胸の深いところをつかんで離さないのだと思うのです。

大胆な構図に繊細な筆づかい、
荒々しさや力強さと同時にとても優しくあたたかい目線。
まさに納音そのものです。


一村が応募したふたつの作品のうち、ひとつ(秋晴れ)は落選し、
もう一つは入選。(ここでも光と影)
けれど、秋晴れが落選したことに納得できず、せっかくのもう一つの入選を辞退してしまう。(そのもう一つの入選した作品は行方知れずとありました・・・)
また別の時には、落選した作品を棄ててしまうことも。

一村の持つ宿命の星の中には
少年のようにピュアな自尊心の持ち主、という星もありますから、
自尊心、自負心が許さなかったのでしょう。

次のようなエピソードのある作品もありました。
7歳のときに描いた墨画に父親が筆を加えたことが気に入らず、
その部分を破いたために補修してあるのです。(笑´∀`)

自身の人生にも光と影が常につきまとっていました。

神童と呼ばれるほどの才能を6歳から発揮した一村。
ちょうど6歳から始まる10年ごとの大きな運の流れは、
6歳から25歳までの大運天中殺。
画家として、鮮烈なデビューを果たし、一気にその才能を花開かせたかのように思えますが、27歳ころまでに次々と家族を亡くし、援助者を失っていきます。(光と影)
その後の不遇の時代へ。

人生の流れが変わるのは46歳から

50歳で住み慣れた千葉を離れ,独り奄美へと移ります。
0(ゼロ)からの出発のようなところです。

織物工場で染色工として働き、お金を貯め、生活を切り詰め、
奄美の大自然の生命力あふれる植物や虫、鳥たちを、海を、空を、光を
ただひたすらに、一途に、描き続けます。


暗い茂みのその暗さも丁寧に描きこまれているからこそ、
その隙間から見える光が神々しいまでに輝きを放つのだと思いました。


どんなちいさな作品にも、どんな頼まれ仕事にも手を抜くことがない、
絵に対するひたむきさが胸をうちます。(一村のもつ星の特徴のひとつです)

「アダンの海辺」

納得できる作品を描けたと自負し、手紙にこのように書いていました。

「これは100万円でも売れません。
これはわたしの命を削った絵で、閻魔大王への土産品なのだから」と。

手紙ではこうも語っていました。
「サインをするのに5秒もかかりはしないけれど、そのサインさえも最後にいれることができないほどにすべてのエネルギーを注ぎきって、もう余力は残っていなかった」と。
そういう仕事の仕方はまさに命を削った、わけですが、
そこまでに命さえも捧げられるものに出逢った一村は別の意味で幸せなことだとも思います。(算命学では世間や一般常識的なことにあてはめて幸、不幸を論じることはありません。その人にとってなにが幸せか、は人それぞれ違う物差しだからです。)


ひたすらに純粋で、狂おしいほどに一途に、描くことへの情熱があふれ出していて、それが奄美の大自然の命そのもののチカラとなり、みるわたしを勇気づけてくれるのだと思いました。
そこには一村が一生を捧げて独学で追い求めてきた技術力や観察眼が本質を描きだすことのできる確かなチカラとなっているのですね。


我が人生の最後まで絵を描き続けられたこと。
感謝はとても言葉では尽くせない。
ありがとうございました。』


と一村は書状に書いていました。

これだけのものを只ひたすらに描き続けたのに、
生前評価されることはほとんどなかった一村。
画材を買うお金にも窮していました。(光と影)
没後、このように脚光を浴びていること、どのように思っているでしょうか・・・

社会の評価なんて所詮社会事じゃないか、とわたしの本質の部分では思うのですが、やはり、できることなら生前に報われて欲しかった!
せつない思いもよぎります。人間だもの。

未完となった絵はなにを伝えようとしていたのでしょうか。

この展覧会の前日まで初めての作品が見つかり続けたようです。
個人蔵の作品もたくさんありましたから、展覧会にあたり、多くの方々がご協力くださったんだな~と、みなさまの思いにも胸を熱くしました。

素晴らしい展覧会でした。

最後まで読んでくださったみなさまも、
お付き合いくださりありがとうございました♡








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