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父を見送りました

<ご報告>

11月1日、満93歳で父が旅立ちました。

お心を寄せてくださった皆様、
ありがとうございました。

父を見送り、ひとりになって、しみじみとおもうのは

出逢ったことをほんとうの意味で味わうのは
その人に、もう触れることができなくなってからなのかもしれない、
ということ。


父への思い。
自分の道。
その両方の間で揺れて、
考えても考えても、
祈っても祈っても、
答えが見つからなくて、
どちらを選んでも心が痛くて、
その痛みとともに日々を過ごし続け、
誰かに、なにかに、すがりたかったとき、
「自分だったらどうするか。考えても考えても、わたしも答えが出なかった」という朋のことばに
涙があふれ、とても慰められたことがありました。

考える、ということは、
揺れ動く心のままに、そのままに
問いを生きることなんですね。

93歳、大往生といえる年齢で、
「地球卒業おめでとう!」って笑って祝ってあげられる、って思っていたけれど、もちろんそういう気持ちもあるけれど、

母も父も逝ってしまった今、なんだかもぬけの殻になってしまったような感覚で自分がひどく頼りない感じがしています。


宮澤賢治の詩が心に沁みます。

もうけっしてしさびしくはない
なんべんさびしくないと云ったとこで
またさびしくなるのはきまってゐる
けれどもここはこれでいいのだ
すべてさびしさと悲傷とを焚いて
ひとは透明な軌道をすすむ

この詩(うた)が大切な人をなくした誰かに届くといいな♡










永遠と刹那

片道4時間毎週父のところにいく。
それでも面会できるのはたったの15分。

9月の中旬、今の病院にはいることになった。
面会できるのは週に2回の決められた曜日と時間で、
そこにあわせていくのはなかなか難しい。
しかもたとえ複数でいっても部屋に入れるのはひとりだけ

ふたりなら15分の半分の時間で、3人なら3分の一ずつ。つまり5分ずつ。

ほかの地方はどうかわからないけれど、
病院をきめるときは面会ができるかぎりゆるいところと思っても、
どこも似たり寄ったりの条件があった。

はたしてほんとうにそれがみんなのためなのか?という疑問があり、
コロナ、コロナって、いまだ引きずっているのはいかがなものか、とか
ルールで縛られることに腹立たしくもあって、
もう少しなんとかならないものかと頼んだりもしてみたのだけれど、
誰か一人に融通をしたら、それはルールではなくなってしまうってこと、

わかるけど、せつなくて泣けた。

まだ面会がフリーになる(自由になる)状況にはない、と病院側はいうけれど、
フリーになったときには、
もうわたしのことも誰のこともわからなくなっているんじゃないの?
コミュニケーションができるうちに逢いたいのに、
できなくなってからフリーだって言われたってうれしくない!!!って思った。

逢いに行った15分のあいだ、どんなに声をかけて呼んでも、
一度も目を開けることがないこともあったりして、

そんなときは肩を落としてまた新幹線に乗った。

10月にはいって、完全に食べることを拒否して、父は点滴だけになった。
その点滴もすぐに静脈からは入らなくなり、
いつ何が起きてもおかしくない状況だと連絡がある。

永遠と刹那

それから言えば、たったの15分は刹那だ。
往復8時間の道のりと比べてもあっという間に終わる時間だ。

けれどもその刹那が刹那であるからこそ、
永遠と思えるくらいの、幸せな時間にかわった

一日中逢っていていいよ。ともし言われたら、

こんなふうな気持ちで、
こんなふうに愛おしんで、
こんなふうに濃い、やさしい時間を過ごせはしないだろう。と思う。

たとえ目を開けてくれなくても、
話ができなかったとしても、
ただただじっと、いびきをかいている寝顔をみつめて、
勝手に話しかけて、手足に触れているだけで幸せを感じるのだ。

もっと長い時間面会できたら父が起きて話が出来たかもしれないのに・・・と
15分ルールを腹立たしく感じることも、肩を落とすこともなくなった。

どうしようもできないこと(ルール)にとらわれていてもしかたない。

刹那は刹那だからこそ、こんなにもせつなく愛おしいのだ

刹那のなかにもとめてやまない永遠があった

昨日のこと。
父の冷えた手をマッサージしていて、
大人になってからこんなふうに父の手に触れたことがあっただろうかと振り返ってみても、、記憶がなかった。

お父さんの手ってこんなにきれいだった???

私の手のほうがずっと黒くて(日焼けです!といいたいが)、
骨張っていてしわしわでおばあさんみたいだね~(あ、おばあさんか・・・)

93歳の父の手は白くて、やわらかくて、しわもなくて、、、

(ってつぶやいたら、点滴をしていると肌は白くきれいになるのだそうだ・・・)

「お父さん、ちょっとずるいよ。白い手だね~~。わたしももっと色白に産んでくれたらよかったのに。。」

さしすせその発音が特に聞き取りにくくなっているから、

「あいうをやっへうれ~~」
???
あ?なに?って、
聞き取ろうと思ってもなにがいいたいのかさっぱりわからない。

会話になりません。苦笑

すると足をバタバタさせて布団をはねのける。

「あ、もしかして・・あいう・・は、あし??」
「あしをマッサージしてくれってこと??」

父がうなづく

そうか、手はもういいから足をやってほしかったのね~~(笑´∀`)
まもなく、、、

看護師さんがきて、「面会時間が過ぎてます」

(見逃してはくれなかったか・・と内心思いつつ、)父に別れを告げる。

次にまた逢えるという保証はない。
それは元気な人同士だっておなじこと。
せつない気持ちをこらえて「またね」と顔をなでる。

刹那と永遠

わたしの奧でなにかが反応している。

これは
父がくれた贈り物かもしれない。

ありがとう、おとうさん

暑い夏!

みなさま、こんにちは~~
もう、ほんとうに暑い!!ですね。

どのように日々お過ごしでしょうか?

身体を積極的に動かしたり、掃除をしたり、はたまた散歩にいくのもおっくうになってしまうような猛暑です。

水風呂ってすご~~くさっぱりするのですが、家庭では熱いお風呂と水風呂の二種類は難しいので、時々近くの温泉やスーパー銭湯にいって水風呂にはいり、シャキッとさせています。
みなさんはなにかこの猛暑を乗りきる秘策をお持ちですか?
何か良い秘策がありましたら教えてくださいね^^

さて、このところ、色々なニュースがありますね^^

相撲の豊昇龍関が大関昇進 
羽生結弦さんが入籍を発表
夏の甲子園で107年ぶりに慶応高校が優勝
バスケットボールのワールドカップで日本が格上チームに逆転勝利
やり投げの北口選手が世界選手権で金メダル
などなど
うれしいニュースもあれば、
台風7号被害
マウイ島の山火事
放射能汚染水の海洋放出
窪田正孝さんがけがで舞台降板
りゅうちぇるさんが旅立ち
大谷翔平選手の右肘靱帯損傷
広末涼子さん不倫
ジャニーズの問題

といった不安なニュースやショックなニュースもありましたね。

色々なニュースが飛び込んでくると、算命学の勉強の題材にさせていただくことも多く、特にマスタークラスでは毎回そのときの話題の人たちや出来事を鑑定しています。
さまざまなことを星が語ってくれるのですが、
起きたことをどう捉えるか、がやはり一番大切に思いますし、生徒さんたちともそのことをあらためて考えたりしています。

与えられた宿命をどう生きるか。。。
そのとき、そのときのご縁をどう活かすか。。。
何を選択するのか、何を選択しないのか。。。

ますます自分の軸というものが大切になってきている時代と感じます。




小林秀雄講演録 ゴッホについて

  偶然に手にした、小林秀雄さんの講演の録音
小林秀雄さんと言えば、教科書にも載っているような日本を代表する批評家であり、芸術家ですね。

私はどのようなタイプのものでも、小説の類いは好きだけれど、思考をフルに働かせないといけないようなものは苦手。
これまでどうも苦手意識があって、手に取って読もうとするまでの食指が動かなかった小林秀雄さんの著書。

苦手を克服しようなんて気持ちはさらさらなくて、どんな声の人なんだろう?っていうくらいの軽い気持ちだったんだけれども・・・

ゴッホについて語るその講演を聞いて、
これまでちゃんと文章を読んでこなかったこと、
読もうともしなかったこと、
いや、
こんなにも胸躍る素晴らしいものに気づけなかった自分のアンテナを恥じるほどの、衝撃があったのでした。

面白くて、脈動していて、踊るように軽妙な語り口とその声がす~~っとはいってきて、小林秀雄さんの世界に引き込まれてしまいました。

いまさらですが・・・

すごい人ですね(..;)

ゴッホがどのようにして、どんな意識で、どのような思いを持って、描いていたのか、、、
それを知らずしてゴッホの絵をみても表層しかわからないと。。
ゴッホが弟さんにあてた手紙を読み尽くし、ゴッホについて知ろうとされたことがとても良く伝わってきます。

あらためて、ゴッホの絵を観たいな~と思います。